「おはな、どーどすえ〜」「はしごやー、くらかけー、いらんかいなぁ〜」
私が子供のころ、京の町ならではの、ゆったりとした売り声が聞けた。
大原女、白川女(め)、梅ケ畑の畑の姥(うば)たちが、頭の上に重そうな品をのせていながら、かろやかな声と足どりで行き交っていた。
「へえ〜上手、ぼん、絵が好きなんやなあ」。ろーせきで地面に絵を描く子供に、大原女の姉さんはよく話かけてきた。
ある日。真新しい紺木綿の着物で、白い“ゆもじ”をひるがえし、ポーズをとりながら。「大きくなって、画家になったら、姉ちゃんのこの姿を描いて欲しい」と。
以後、姉さんは来なくなった。他の人はきたのに……。
今は、八瀬、大原野茶店と売店にしか見られない大原女の姿。絵の約束を果す前に、もう一度聞きたいなあ。町なかで、「おはな〜、ど〜どすえ〜」。
(絵と文:木村祥刀)
1994年10月27日
京都新聞 掲載
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