昭和12年7月、日中戦争が始まった。その年の秋、小学校1年生の少年は、銭湯の湯舟の前に立っていた。はじめての運動会で張り切りすぎて、ひざをすりむいてしまって。
その時、サッと抱き上げて、けがした足を支えて湯に入れてくれたのは、近所の大学生だった。「あしたも来るなら、今ごろおいで」と声をかけてくれた。
親しくなったある日、大学生は突然、敬礼をして言った。「ぼくは戦争なんて大反対やけど、国の命令や、行ってくる」。一文字に結んだ口元が、くやしそうだった。
12月、日本軍は南京を占領。次々入る勝利のニュースに、町中がわきかえっているころ、大学生がひっそりと帰ってきた。真っ白い布につつまれた、小さな箱に入って…。
その後、戦争に行く人がふえて、銭湯もお年寄りと子供が目立つようになった。「次は僕の番やな」。少年は湯につかりながら思った。女湯からは、銃後を守るお母さんや女の子たちの声が聞こえていた。
(絵と文:木村祥刀)
1994年11月2日
京都新聞 掲載
|
|