戦前、子供雑誌で、ハーモニカの広告をよく見た。ピアノやオルガンは学校にしかなく、下手に触ることもままならない。バイオリンやギターも、普通の家庭の
子には縁遠い高級品。音楽も楽器も、身近なものではなかった時代に、小遣いをためれば買えそうなハーモニカの広告は魅力的だった。
そんなある日。近くの原っぱから、たえなるメロディーが聞こえてきた。かけよると、1人の少年が、なんと、あのハーモニカを吹いている。「荒城の月」「旅愁」「ローレライ」…と、女の子たちの歌声に合わせて次々と。
草むらに寝っころがり、青空を見ながら、うっとりと聞きほれた。心が洗われるように澄みきってゆく。
そろそろ、子供の歌の中にも、勇ましい軍歌が入りこんできていた、そんな時代。
少年の吹くハーモニカの音は、「好きな曲を奏でられるのは、もう最後かも知れない」とばかりに流れ、やがて夕焼けの空に向かって、いつまでも、いつまでも。
(絵と文:木村祥刀)
1994年11月15日
京都新聞 掲載
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