「なー、なーし」。ゆったりした声で呼びかけて、軒下に荷物をおろすと、そこが下駄(げた)を直すおじさんの仕事場になる。
履きくたびれた利休下駄、日和下駄に紅緒の“おこぼ”をあざやかに再生していく。
「ぼん、これは京下駄や。後歯のうしろに鼻緒の穴があるやろ。それだけ鼻緒が長くなるんや。鼻緒が長いと、足が下駄にぴったりついて歩きやすいんや。昔の京都の人は、えらい。よう考えたもんやでえ」
たくさんの下駄の中に、京下駄があると、うれしそうにニコニコしながらしゃべったおじさん。ところが、ある時から、すっかり無口になってしまった。近所のおばさんの話では、息子さんが2人とも兵隊に行ってしまったとか。
おじさんは手を休め、たばこを吸って、昼ご飯の弁当のふたをとる。ご飯の真ん中には梅干が一つ。日の丸弁当だ。おじさんは目をしょぼつかせて、弁当の日の丸を見つめていた。
(絵と文:木村祥刀)
1994年11月16日
京都新聞 掲載
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