針仕事でも新しい着物を縫うのでなく、破けた衣服につぎをあてる「つづくり」が、昔のお母さんたちの1日最後の大仕事だった。
わんぱく盛りの子供の多い家庭では、汚す、破くは、日常茶飯事。破けた衣服や肌着、靴下や足袋などをつくろうため、あかぎれやひびの指に指抜きをはめ、その背で針を押しては抜き、刺しては押しの根仕事。こういった夜に仕事すること、またその仕事を夜なべといった。
電気の明かりを黒い紙でおおい、眠る子の妨げにならないようにと、心を配りながら続けられたお母さんたちの夜なべ。
昭和13年6月、純綿製品の供給がストップされて、スフの時代となった。
スフは綿くずに木材の繊維を混ぜてつくり、着るものすべてがスフ製に。弱い布スフは、お母さんたち泣かせだったに違いない。 (絵と文:木村祥刀)
1995年 2月9日
京都新聞 掲載
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