「かくれんぼするもん、この指とーまれ」。石けりでも鬼ごっこでも、集団の遊びはまずだれかが呼びかけて、仲間が集まってくると鬼を決めるじゃんけんぽん。
勝った子は抜けて、残った子が忙しく「チョッ、パッ、チョッ、グー助ひらいて、パッ、チョッ、チョッ」。鬼に決まった子が目を閉じている間に、みんなは物陰や、ろーじに駆け込む。
ろーじ、それも行き止まりの袋地は、かくれんぼには絶好の場所だった。真ん中には共同の井戸があって、たらいや洗濯板、ごみ箱などが無造作に置かれ、どこにでももぐり込める気安さがあった。
昭和15年ごろになると、遊び場のろーじの入り口でも「出征軍人の家」の張り紙が「英霊の家」へとかわっていったけれど、幼い子には大陸(中国)の激烈な戦火はまだまだ遠いものだった。(絵と文:木村祥刀)
1995年 4月6日
京都新聞 掲載
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