夏の夜、蚊を避けるために、部屋につって寝た大きな方形の網を蚊帳といって、蚊のシーズンには欠かせない用具だった。
でも、子供たちは濃い緑色の蚊帳や、飛び散る波と千鳥の絵を描いた蚊帳に大海原を連想して、寝る前のひと時を、だれもがきまってドタバタと泳ぐまねをして、暴れ回ったものだ。
それというのも、昭和11年8月、ベルリンオリンピックで前畑秀子選手が、200メートル平泳ぎで優勝という、日本中を熱狂させる大ニュースがあったからだ。
「前畑がんばれ、がんばれ、がんばれ」
ラジオの実況中継では、アナウンサーががんばれの絶叫を36回も繰り返す興奮ぶりだった。
蚊帳にくるまって暴れる子供たちは、みんな第2の前畑選手を夢見ていた。
あこがれだった前畑(兵藤)さんも、今年初めに亡くなって、また1つ昭和の光が消えた。
(絵と文:木村祥刀)
1995年 6月28日
京都新聞 掲載
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