1930
年 |
陶芸家木村二瓶子の長男として、京都五条坂に生まれる。
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1949年 |
京都市立美術工芸学校より美術専門学校(現・京都市
立芸術大学)に入学。上京後、故岩田専太郎・故長崎抜天両氏の指導を受け、出版美術活動に入る。 |
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昭和30年代には木村光久ほかの筆名で、少女まんがや劇画
の分野で活躍する。近年、この時代の作品がマンガ史上で再評価の気運にある。 |
代表作:
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ふたりのねがい (集英社「少
女ブック」、1958年 - 1959年)
風雲からす丸 (講談社「週
刊少年マガジン」、1963年)
ゼロ戦特攻隊 (講談社「月
刊ぼくら」、1964年)
マット・ヘルム・シリーズ (木村仁名
義、講談社「ボーイズライフ」、1968年 - 1969年)
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1960
年 |
少女雑誌などの挿絵画家とし
て人気のあった江川みさおの妹で、当時大蔵省為替局外資課勤務の岡田静江と結婚。
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1973年 |
この頃、国交を回復した中国
の民間芸術「剪紙」に接し、その手法を学ぶ。父二瓶子は戦時中の旧満州で窯業工場を設立した人物でもあり、少年時代の大陸への憧憬も手伝ったと思われる。
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1982年 |
「木村祥刀」として京都駅
ギャラリーで剪紙「能」画個展。同年京都府主催工芸産業技術展にて「文楽」画入選。日本の伝統芸能を題材に、中国の剪紙の技法で制作をつづける。
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1989年 |
京都国際ホテルギャラリーに
て個展。その他個展数回。
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1994年 |
京都市北区「関西電力ア
ミュージアム」にて作品展「京都発!昭和ひとけた子供の時代」。
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10月より「昭和ひとけた京育ち」を京都新聞紙上に約一年間連載する。
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1995年 |
連載終了後、「関西電力ア
ミュージアム」にて「切り絵でつづる 昭和ひとけた京育ち」原画展。全作品のうちから88点を選んで展示する。
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1996年9月10
日 |
次作「京の子供の遊び唄」シ
リーズの制作なかばにして没する。
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1997年8月 |
京都市中京区の「姉小路界隈
を考える会」が主宰するイベント「姉小路行灯会」のライトアップや行灯に作品が使用され、以降毎年の恒例となる
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2003年8月 |
旧PLATZ近鉄京都店に
て、未発表の「京の子供の遊び唄」をふくむ原画展を開催。
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2010年2月 |
「昭和ひとけた京育ち」中の
「豆腐屋さん」が、男前豆腐店株式会社の社長の目にとまり、新商品「やさしくとろけるケンちゃん」のパッケージに使用される。
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